スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

デモなんかやってないでソーシャルビジネスやれ。

反原発関係なんかで、デモというものが行われているらしい。

けど、俺を含め、多くの日本人にはデモって馴染みが薄いものだと思います。


海外ではデモによって反体制運動が盛り上がり、

革命が起きて独裁政権が打倒されるなんてことも起きているそうですけれど。


なぜ、日本ではこのデモというものがイマイチ受け入れられないのか。


また、それに代わる「市民としての主張の手段」としても今後台頭し得る、

「ソーシャルビジネス」の一面について考えてみたいと思います。


まず、日本でデモが受け入れられない理由。

実際のところ、みんなが現状にそんなに不満持ってないから。 以上。


総理が何言ってんだか意味わかんねぇだとか、税金の取り方が云々とか、

色々と小さな不満はそりゃあるでしょうけど、

基本的に「現状の体制を打破し自分たちで新しく体制を作ろう」とまでは

思ってないわけですよね。


思うに、デモというのは独裁政権の打倒みたいな、

「国民の総意としてデカいことを起こす」

というときの策としては有効であるものの、


例えば「今の就活おかしくね?」とか、「年金なんとかしろよ」みたいな、

体制に影響を与えないものに関しては、

緊迫感が足りないというか盛り上がりに欠けるというか、

どうしても効果が薄くなってしまうもののように感じます。


国民が一丸となれる、むしろならざるを得ない状態においてのみ、

「デモ」というのがただの形式でない、意味のある行動になるんだと思います。


つまり、「リセット」でなく「より良い生活」を求める国民がほとんどの日本においては、

デモなんざ社会に大きな影響を及ぼすほど盛り上がるわけがないってことですね。


…さて、これだけではデモ等々を一生懸命やられてる方に怒られてしまいそうですね。


現状、日本において、デモというのは「市民としての主張の手段」であると、

好意的に解釈することができます。

そういった活動でご飯食べてる方もいらっしゃるようですが…。

世の中にはいろんな人がいますからね。


そういった、「市民としての主張の手段」としてのデモは、

結局のところ「言うだけ」に終わりがちです。

例えば政策を実現したいのであれば、

直接かつ継続的に政界の人間に働きかけるロビー活動がどうしても必要になってくる。

それをしないのであれば、本当に「言うだけ」です。


「言うだけ」って、実際のところ他人任せであり、実行可能性は低いですよね。

いくら「国なんだからやれよ」って言ったって、所詮それは人任せにすぎません。


そんな実行可能性の低いことに人生の貴重な時間を費やすのであれば、

もう自分でやっちゃえよ、というのが俺の思うところであり、

この記事で言いたいことです。


つまり、自分が解決すべきだと考える社会問題に関して、

国へ「その問題に対応すべきだ!」と主張するのではなく、

自分でその問題を解決すべく動けば良いと思うのです。


例えば、俺らの世代や今の大学生は、就活について多少なりとも問題意識を持っています。

しかし、「雇え!」と国や企業に言うだけでは、あまりに不毛。

国や企業も若者に嫌がらせをしたいわけではなく、

諸々の事情があることも当然推察できます。


であれば、「主張する」のではなく「行動する」ことこそが、

問題の解決につながるのではないかと思います。


「ソーシャルビジネス」は、以前にもこのブログで取り上げましたが、

『社会問題の解決を目的とし、その達成の手段として営利行為を行う組織、またその事業』

です。


TwitterとかFacebookとかのいわゆる「ソーシャルメディア」は関係ないですからね。

最近ソーシャルソーシャル言われすぎて、何がなんだかよくわからない感じですけど。


ともかく、

自分が解決すべきと感じる社会問題を、政治任せにせず、

自分で稼ぎながら解決する。



これからの企業体、「民間」のやるべきことは、

これだと個人的には思っています。


「政治に任せていてもダメだ」

そう思う人は数多くいると思います。

であれば、自分で解決してしまえばいい。


そういう動きが全世界的に発生し、

またそれが許されるというすごい時代ですよ、今は。


経済社会は、自由度を高めることで発展してきました。

そして、それによる弊害、過当競争や独占等々の問題を解決するため、

政治の力が使われてきた。


しかし、今またその形が変わろうとしています。

経済社会が自分の中に、「自分の生む弊害を解決する力」を取り込もうとしてるんです。

これからは、経済が政治を飲み込んでいく。

そんな風にも言えます。


また、ソーシャルビジネスによる社会問題の解決というシステムの良いところは、

各人が解決すべき問題は何かということを選べるところです。


政府がやるのであれば、

国家としてのプライオリティの高いものから処理していくのが当然です。

中には、費用対効果の面から対応がなされない社会問題があるかもしれないし、

そもそも、そのプライオリティは「選挙への影響」で判断されるという問題点がある。


しかし、ソーシャルビジネスであれば、

例えば天才が一人いれば、

その天才が解決すべきだと考える社会問題は確実に解決に向かうわけです。

票の数も、それを問題に思う人の数も、政策に必要な財源も全部関係ない。


いかに、労働力の高い人や層がその問題を重要な問題として考えているか。

それが社会問題が解決するか否かにかかってくるわけです。


日本だけでなく、世界中の先進国のほとんどは少子高齢化の問題を抱えています。

そして世代ごとに人口の偏りが生まれることで、高齢者ばかりを見て政治をする政府が多い。

つまり、高齢者にとって重要な社会問題から優先的に解決されていく傾向にあるわけです。


その世代間の不均衡を緩和する策としても、ソーシャルビジネスは利用可能です。


最も労働力の高い働き盛りの世代が、

自分達が重要だと感じている社会問題の解決に乗り出せば、

政府任せにしているよりよっぽど早くその問題が解決するはずです。


それこそ、その世代がわざわざデモなんか起こすより、

ずっと実行可能性の高い問題解決策になると俺は思います。


「市民活動」なんて言うと非常にアヤしい感じですが、

ソーシャルビジネスは、

「正当な方法で、人任せにせず、自分の手でより良い生活を築くための手段」

に成り得るんじゃないかと思います。


「自分の生活は自分で守る」ってとても資本主義的で良いと思うし、

その成果が自分と共通性の高い層の人の生活も良くするってのも、

なんだか資本主義の新しい可能性を感じさせます。


そういった、金銭的な意味だけでなく、もっと本質的に

「自分の生活のために働く」という時代は、そう遠い先の話ではないはずです。

そういう社会、俺は良い社会だと思いますが、どうでしょうか。


スポンサーサイト

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

コメントの投稿

Private :

プロフィール

しんじ

Author:しんじ
「新氷河期世代」
と呼ばれながら就職活動をした
2010年卒の社会人。

新氷河期世代1期生が社会に出て
感じたこと、考えていることなどをつらつらと。

でも就活状況の悪化が激しすぎて
下の世代のほうが優秀かも。

コメント歓迎。
メールで何か言いたい場合は
shintubu001○gmail.com
へお気軽に。
(○を@に変更)

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
since 2010/05/05
カレンダー
06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
twitter
検索フォーム
全記事表示
全タイトルを表示
RSSリンクの表示
このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。