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【速報】Duolingoが日本語に対応

長いことブログを書いてなかったけど、どうしても書きたいことができたので更新!

Duolingoがいつの間にか日本語対応してた!ってエントリです。


■Duolingoとは
Duolingo
http://www.duolingo.com/

DuolingoはWikipediaでは「無料の言語学習、及びクラウドソーシング翻訳用ウェブサイト」と説明されています。

つまり「タダで外国語が勉強できるサイト」ってことです。

何が凄いって、「タダで外国語が勉強できるサイト」であるだけでなく、「ユーザーが外国語を勉強する過程で、Webサイトの翻訳をこなす仕組み」でもあるってとこです。

ユーザーがこのサイトを使って英語を勉強すればするほど、その裏では日本語のサイトが英語に翻訳されてたり、逆に英語のサイトが日本語に翻訳されてたりするんです。

そして、そっちのサイト翻訳で収益を上げてるからユーザーはタダで外国語が学べる。
最初に知ったときはクールな仕組みすぎて開いた口が塞がりませんでしたね。

で、以前は英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、イタリア語あたりにしか対応しておらず、日本人ユーザーは英語でスペイン語を学ぶ等の活用法しかなかったんですが、ふらっと見に行ってみたらいつの間にか日本語に対応していて驚き、ブログを引っ張り出してきたわけです。

これは英語を学びたい日本人にとって、朗報です。
いつから日本語に対応したのかは定かではありませんが、わりと最近のことだと思います。

ざっと検索してみた限り、まだIT系のニュースサイト等でもDuolingoの日本語対応は取り上げられていなかったようなので、こうしてWeb上に書いておこうと。


■凄いのはそれだけじゃない
そんな仕組みになってるのか、凄いなーと驚きはしても、ユーザーから見て単に「タダで外国語が勉強できるサイト」だったらそこまで凄くはないかもしれません。

さらに凄いのは、ユーザーが学習を続けやすい仕組みを整えていること。

Duolingoはゲームのような仕組みを学習に取り入れています。
英語の問題に答えると経験値がたまっていってレベルが上がったり、通貨のようなものを集めて学習ゲームが有利になるようなアイテムが買えたり。

ゲーム的な要素は、単純作業を面白い遊びに変えることができます。
これは、はがねのつるぎを買うために延々スライムを倒し続けた経験のある人ならわかるはずです。

外国語の学習は基本的には反復トレーニングであって、単調で飽きやすいものです。
それをゲーム化してやることで、ユーザーが楽しく学習を続けられるように工夫しています。

最近「ゲーミフィケーション」として流行ってる考え方ですね。
「ゲーム的な要素をゲーム以外に取り入れて、行動を活性化させよう」っていう流れです。
Duolingoはゲーミフィケーションの活用事例の中でも先端的なものだと思います。

さらに、Wikipediaの記載によれば、"同サービスの34時間の利用は130時間以上の大学初年度の言語講座で得られる読み書き能力に匹敵する"らしいので、持続的なだけでなく効率的な学習が可能ということのようです。


■スマホは未対応?
これはWeb上で動くゲーム型の学習システムですから、アプリにしてスキマ時間に使えるのも魅力の1つです。
PCで日本語対応を確認して、すぐにスマホアプリもインストールしました。

しかし、スマホからだと「日本語で英語を学ぶ」設定が出てこない。
「英語でドイツ語を学ぶ」とかは出てくるのに。
現時点では、まだスマホ版は日本語に対応していないのかもしれません。

スマホで使えれば、電車内などでチマチマ続けていくと気付いたら物凄く英語が上達してそうなんですけどね。
移動中にパズドラやるのもいいですが、Duolingoやっとくと後々助かりますよ絶対。

恐らく、近日中にスマホにも対応するでしょう。

というか早くしてくれ!


というわけで、誰かがこれ見て英語の勉強を始めたり再開してくれたりしたら幸いです。
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英語の勉強法:挫折する前に駆け抜けろ

最近、ちまちまと英語の勉強をやっています。

目指せ、「英語を勉強している」段階から「英語で勉強している」段階への脱皮。


で、やっていく中で、なんとなく「英語の力ってこういうことかなー」っていうのが

見えてきたので、まとめてみます。


英語学習の方法論とかに詳しい人はたくさんいるんで、

あくまで自分の感じたことベースで。


まず、英語の力って下記の3つに大別される気がしています。

※名称は適当


【英語力】

文法や単語に詳しいかどうか。


高いとどうなる?:ペーパーテストで点が取れる。

鍛え方:ひたすらinputする。

鍛えるコツ:理解を伴った記憶が有効。知的なトレーニングの側面が強い。


【英語運用力】

知っている文法や単語を会話や記述の中で使用できるか。


高いとどうなる?:英語で何かを主張できる。(口頭または文章で)

鍛え方:ひたすらoutputする。

鍛えるコツ:反射的にできるようになる程の反復練習が重要。肉体的トレーニングに近い。


【リスニング力】

英語の音に慣れているかどうか。


高いとどうなる?:英語の音を聞き取れる。

鍛え方:ひたすら聞いて理解することを繰り返す。

鍛えるコツ:英語話者がどう音を出してるか理解し、(thのときの口の動きとか)
      あわせて自分もそれができるように訓練する。あとは実践あるのみ。


ようするに、「知ってるか」「使えるか」「聞けるか・発音できるか」ですね。


更に言うと、【英語運用力】は自分の持ってる【英語力】以上には上がりません。

知らない単語を新たに暗記することはできても、

知らない単語を会話の中でサラッと使うことはできません。


そして、【リスニング力】がないと相手が何言ってんのかわからない。

これなしには会話も議論も成り立ちません。超重要。

逆にリスニングができる(英語の音に慣れてる)と、

知らない単語を覚えるときに音を補助に使えたり、勉強が随分楽になるはずです。


【英語力】はリーディング、リスニング

【英語運用力】はスピーキング、ライティング

【リスニング力】はリスニング、スピーキング

に強く関わっています。

上から「受信系」「発信系」「音声に関すること」とも言えます。


で、よく言われるのが、

日本人は英語ができない。学生の頃に良い成績を取っていた人でも、せいぜい読めるだけ。

聞けないし、話せないし、書けない。


ということ。

よく皆さんも実感されることなんじゃないかと思います。


つまり、【英語運用力】【リスニング力】が圧倒的に不足してるわけですね。

そりゃそうですよ。

俺も、「英語で発信する訓練」とか「英語の音に慣れる訓練」

学校で受けた記憶ないですもん。


じゃあどうすれば英語が扱えるようになるのか。

簡単です。

【英語運用力】【リスニング力】を伸ばせばいいんです。

学生の頃、英語の時間は睡眠時間でしたって人は、

ついでに【英語力】も伸ばす必要がありますが。


【英語運用力】【リスニング力】を伸ばすのに必要なのは、

原理の理解というよりも、肉体的な反復練習です。

ひたすら喋る、書く、聞く。

反射的に体が反応するようになるまでやらないといけません。


と言っても、所詮俺ら日本人はネイティブにはなれないので、

第二言語として、ツールとして、必要なレベルまで高めればいいわけで、

そこまで突き詰めなくても大丈夫です。


皆さんも、外国人が頑張って日本語で喋ろうとしてたらちょっとくらい待つでしょう?

待ってくれるはずですよ、英語圏の人も。切羽詰まってたりしなければ。


そりゃ、あからさまに嫌な顔する英語話者もいるでしょうが、

そこはほら、日本人でも日本語が拙い外国人にあからさまに嫌な顔する人もいることだし、

結局どの国にもいろんな人がいるってだけの話です。


さて、じゃあ【英語運用力】【リスニング力】、どこから手をつけようか。

って話ですが、ここはまず【リスニング力】を改善するのが良いかと思います。


ある程度リーディングができる人であれば、

頭の中に「英語を受信する」ための回路はあるわけで、

それを文字でなくて音を起点にして使えるようにするという考え方です。


まず、英語耳でもフォニックスでも使って、自分が発音できるようになること。

そして、大量の英語を聞くこと。

たぶん、100時間も英語を聞けば徐々に慣れてきます。


ここは一気に駆け抜けたいところ。

1日1時間とか言ってたら耳慣らすだけで3ヶ月以上かかりますからね。

そんなに期間をかけたら逆に挫折します。

平日1日3時間+土日1日8時間とか突っ込んで、2~3週間程度でいきたいところです。


耳を慣らすのと並行して、ライティングもやっていきたいですね。

ライティングは文字で認識できるので、【英語力】さえある人であれば、

書くべきことがあれば後は辞書等で調べながら書けるはずです。


ブログ書いてる人は、過去の自分の記事を英訳してみるとか、

ゼロから英語で書いてみるとか。


で、Lang-8なり何なりで添削してもらえばOKでしょう。


ライティングして添削された文章は、音読する材料として最適。

「自分の意見を英語の音にして自分の口から発する」訓練ができます。

ここで発音の訂正をしてくれる人がいると効率的です。

オンライン英会話とかいいんじゃないでしょうか。


で、最後にスピーキング。

ようするにコレは「一瞬で英作文して音読する」こととほぼ同義なので、

上記のライティング → 音読の流れが土台になります。

慣れとともに徐々にスピードを上げていって、あわせて会話でよく使う表現も

増やしていけばできるようになっていくはずです。

さらに上達すると「喋りながら考える」形になりますが、これはもっと先の話。


これも訓練にはやっぱりオンライン英会話が良いですかね。

英会話教室でもいいんですけど、高いし、何より時間数が足りない。


リスニングやスピーキングといった音声系は、100時間やってやっと慣れてくる感じです。

「週に1回、90分の英会話教室」だと、100時間に達するまでに、67週必要です。

軽く1年以上。これだけの期間モチベーションを保つのは中々難しいことです。


そんなに密度が薄いと上達にも余計な時間を食いそうですし、

何より、「英語の音に慣れる」とか「英語で発信することに慣れる」って段階が、

一番つまんないんですよね。


スポーツでもランニングとか腕立てとかつまんないじゃないですか。

さっさと試合に出たほうが楽しいし学ぶことも多いじゃないですか。


でも、試合に出るための基礎力作りとしてランニングとか腕立てしなきゃいけない。

これがまた面倒くさい。

じゃあ試合に出るのも諦めちゃえ、そしたら腕立てとかしなくてもいい。


そんな挫折、たぶん英語でも多いんだと思います。


だからこそ、基礎訓練は短期集中で一気に終わらせるべき。

たまに基礎訓練が趣味の人もいますが、さっさと試合に出て学びたいって人は

基礎訓練に数カ月も1年もかけるべきじゃないです。挫折します。


「英語を使って何がしたいか」を明確にして、

それに必要な基礎訓練(文法、単語、発音、聞き取り等)を洗い出し、

短期集中でそれらを終わらせて、あとは実際に英語を使ってそれをやる。


基礎訓練は完璧でなくてもいいんです。

実践の中で足りてないと感じたら、また戻ってくればいい。

挫折するまでに、実践に飛び込める程度に一通り終わらせられるかが勝負。

モチベーションが切れるまでにつまらないことを終わらせられるか否かがカギ。


そんな気がしています。


俺の英語の能力はまだまだ低く、仕事なんかで使えるレベルには全くないですが、

10年前は英語で偏差値30台(校内最下位)をキープしてた俺でも、

最近では、一応継続的に英語を勉強できる程度にアレルギーはなくなりました。


基礎訓練期間を一気に駆け抜ける。これが重要なんだと思います、ホント。

そういう意味では、駆け抜けるための留学もなかなか有用なんじゃないかと。

お金と時間さえあればね。


大学生の皆さん、

特に、英語が苦手で「一生英語なんて使わないで生きてやる!」とか思ってる

昔の俺みたいな大学生の皆さん。


今のうちに留学しといて、英語を「実益を兼ねた趣味」化しとくと、

後々めっちゃ楽ですよ。

ほら、入った会社がいきなりR天みたいに

「英語できない奴いらんわ」とか言い出すかもしれないし。


俺も学部時代に留学しとけばよかったなー。

時間のない社会人の皆さんは、一緒に時間を捻り出しましょう。

通勤電車内の時間を積み上げるもよし、

貯めたお金を使ってニート期間を創り出すもよし。

習熟すると社畜化防止に役立ちそうな趣味として、英語は結構いいんじゃないですかね。


よし、こんだけ書けば英語の勉強続けるプレッシャーになるな。英語やろ。

2012年の振り返りと2013年に向けて。

あけましておめでとうございます。

あっという間に2013年になってしまいましたね。

さて、去年の元旦に2012年は実行の年にする。という記事を書きました。


そこでは、

「会社に頼らずに生きていけるだけの力を身につける」ことを長期的な目標に据え、

1.専門分野の知識をつける ≒ とある試験にパスする

2.英語力をつける ≒ とりあえずTOEIC600点達成

3.社会人基礎力の完成 ≒ 社会人3年目を無事過ごす

という3点を2012年に達成すべき目標として掲げました。


今年も「会社に頼らずに生きていけるだけの力を身につける」ことを目指して

やるべきことを積み上げていく、というのは変わりませんが、

2012年の振り返りとともに、

2013年の目標みたいなものを考えていきたいと思います。


【2012年の振り返り】

1.専門分野の知識をつける ≒ とある試験にパスする

 → 達成。ここにかなりの時間を使ってしまったものの、当初の計画通り進められました。


2.英語力をつける ≒ とりあえずTOEIC 600点達成

 → (たぶん)未達。
    2012年中にスコア判定が出る回のTOEICを受けそこなうという凡ミス。
    焦って受けたTOEICもあまり手応えはなし。せめて年度内には達成します。


3.社会人基礎力の完成 ≒ 社会人3年目を無事過ごす

 → (ほぼ)達成。上司・先輩・お局様にいびられるのが2年だろうが3年だろうが、
    そこに大した違いはないってことを体で理解できました。


【2013年に向けて】

「会社に頼らずに生きていけるだけの力を身につける」ために、

2013年にやるべきことを挙げてみます。


と言っても、ほとんど2012年の延長線上で、

「会社に頼らずに生きていけるだけの力を身につける」には、

まだまだ時間がかかりそうだなぁというのが正直なところです。


イメージとしては、2011年に決断し、

2012年に土を耕し、2013年に種を蒔いて水をやる感じ。

2014年以降に花が咲く予定です。


うっわ、道のり遠っ。


しかし、遠いなーとポカンとしてるヒマはないわけで。


仕事の内容も、働き方も、誰と働くかも、

誰かに勝手に決められるなんてゴメンだと思ってしまったからには、

それを自分で決めるだけの裏付けを持たないといけない。

その裏付けを作るのには、やはりそれなりの時間はかかりそうです。


で、具体的に2013年は何をやるかと言うと。


1.専門分野の知識をつける

→ 下地作りはできたと考えて、その上に積み上げていくだけです。
  今年はより実践的な積み上げができそうな気がしています。


2.英語力をつける

→ 目下の最大の課題。とりあえずTOEIC 600点を早期に達成し、
  「英語を学ぶ」から「英語で学んでるうちに英語を習得していく」という段階に
  ねじ込んでいくことが今年の目標です。


3.いろんな人との交流を広げる

→ 「会社に頼らずに生きていけるだけの力を身につける」ためには、
  やはり人脈が必要です。異業種の方とも繋がりを作って、視野を広げ、
  自由に生きていくためのヒントを掴んでいきたいところです。
  アテもあるにはあるので、楽しんで進めていければいいなと思います。


という3点が具体的な目標になってきます。

うん、ほとんど2012年にやったことに積み上げるだけだね。


結局は、長期的な目標に向けて、

そのとき必要だと思ったことをやっていくだけですからね。


大きく方針転換することがあるとすれば、それは長期的な目標が変わったときか、

長期的な目標が達成されて、さらに上を目指して目標を発展させたときですね。


実際に一番苦労するだろうなっていうのが、英語力。

他の2つにもかなりの時間を使うことにはなりそうですが、

これは何だかんだで順調にいくんじゃないかと踏んでいます。


英語は本当に昔から苦手で、でももうそんなこと言ってる場合でもなくて。


将来「こんな仕事したいなぁ」と思ったときに、

「あるよ。でも英語でやる仕事だけどね。」って言われたら悔しいじゃないですか。

そして、日本にはない仕事でも、英語圏でならある可能性は高い。

特に、頭脳労働の先端分野であれば。


そんな高度な仕事を実際に俺が取れるかってことは置いといて、

そういう「面白そうな仕事」にチャレンジするための切符として、

まず英語が必要な気がしています。


あと10~20年もすれば、会話や文章の通訳・翻訳が完全に自動化されて、

言語障壁はなくなるかもしれません。


しかし、この時代に生まれてしまったからにはそれを待っている時間はないし、

仮にその技術が確立されたとしても、第二言語を獲得するっていう経験や、

機械を通さずに直に他言語を理解できるってことは、

今ほどではないにしても武器になるはずです。


今一番、「やらなきゃならないし、やれば有効」だと認識しながら、

苦手意識が消せないでいるのが英語なんですよね。


だからこそ、早く「英語で学ぶ」段階に行きたい。

そこまで行けば、ある程度楽しく英語に習熟していけると思うんです。

その過程で挫折してしまわないように、モチベーションを保ってやっていきたいところです。


例えば、CourseraUdacityといったような、

世界の一流大学の教授の講義を無料で見られるサイトが最近徐々に出てきていますが、

こういうサイトの講義を抵抗なくサラッと見られるようになりたい。


若干の「俺すごいやろ感」を醸し出しつつも、

単純にとても良い娯楽になり得ると思うんですよね、こういうの。


例えば、CourseraのGamificationの授業とかすげー興味ある。

ゲーミフィケーションがビジネスや社会貢献にどう活かせるかとか、

そんなことを講義してくれる。らしい。

(俺の英語力がそこまで酷くなければ、あってるはず。)

日本語圏ではこういうサイトは恐らくまだないし、

正直保守的な日本ではあまり発展しやすそうな分野でもない。


こういうのをパッと検索して見つけて、

ダラダラと「へぇー、面白れー」とか言いながら見ていたい。

Wikipediaをどんどん辿っていって見ているうちにものすごい時間がたってるアレの、

豪華バージョンみたいなもん。

絶対良質のヒマ潰しでしょコレ。


英語力のレベル感として、こういうサイトの講義を理解できて(聞く・読む)、

それについて英語で意見交換できる(話す・書く)レベルまで持っていきたいところです。


よし!ここまで書けば、「英語挫折しました」とか恥ずかしくて言えないだろ俺!


自分にプレッシャーかけつつ、今年も頑張っていきたいと思います。

皆さんも、ぜひ2013年を良い年にしていきましょう。


それでは、今年もよろしくお願いします。

ただの若造が政治に対して思うこと。

12月16日に衆院選と都知事選のダブル選挙があるということで、

たまには経済・経営だけでなく政治について言及してみようと思います。


と言っても、どの政党が良いとか悪いとか、原発がどうこうとか、

TPPの是非だとか、そういったものは一旦置いときます。


個別具体的な政策がどうこうというのは常にあるものですが、

私たちが投票するにあたって重要な要素は、基本的には2点だけだと思っています。


第一に、政治家個人の能力。

第二に、その政治家の取る立場。



選挙は政治家個人に投票するものですから、

比例代表制で政党そのものに票が入るという仕組みを除けば、

私たちが自分の1票でコントロールできるのは、

「どういった能力のある、どういった立場の個人に票を投じるか」

だけだと言えます。


まぁ比例代表の与える影響も大きいんですけど、

比例代表の名簿の順番を決める権利は我々にはないので、

政界内での「大御所さん」が勝手に当選するってだけの話です。

それはどうなんだとかは置いておいて。


さて、政治機構とかはずぶの素人なので、あまり口出しするのはやめておきますが、

ここで書きたいのは、私たち個人はどういう基準でもって候補者の中から

投票する対象を選ぶべきなのか、ということです。


政治家として優秀な能力を持っており、

自分が支持したいような政治的立場を取っている人。



というのが1つの回答ではないかなーと考えています。


まず、政治家として能力的に優秀というのはどういうことか、という点について。


「政治家は演者であるべきだ」
というのが私の持論です。


有効な政策を提案する政策提案力や、それを粛々と実行していく実行力。

確かに、無いよりあったほうがいい。

カップヌードルの値段を知ってることや日本語を間違えないこと、

政局争いに必要な揚げ足取りも、もしかしたら「政治家に必要な能力」と

考えてる人もいるのかもしれません。


でも、政治家は全知全能の神ではないし、全知全能が求められるべきでもない。

些末な問題ではなく、根本的にどんな能力が必要で、それはどんな能力なのかを

考えていくことが重要なんじゃないかと思います。


国会議員や都道府県知事などとして、立法や行政に携わる専門家として、

客観的に政治家という職業に何が必要なのかを考えたときに、

最も重要だと考えられるのが「演者としての能力」です。


その点で、小泉元首相やオバマ大統領は傑出していると思います。

所謂「○○劇場」を出現させられる人ですね。

政治は劇場だと思います。


内政でも外交でも、「こちらの意図が反映される空気」を形作れることが最重要のスキル。

内政面では論理的な弁舌が出来ることもか弱い庶民の味方ですよアピールも、

外交的には経済大国であるということや核保有国であるということも、

政治の流れを掴みコントロールするための小道具にすぎません。


最終目的はあくまで、内政的にも外交的にも「国益」を最大化すること。

その目的のためには内外を「巻き込む」力がなくてはならない。

政治家に求められるのは、その「巻き込む」力。

だから、「演者としての能力」が最重要だと考えられるのです。


政策の策定?そんなもの、政治家より専門の学者や官僚のほうが得意ですよ。

政治家に必要なのは、そういった人の作った政策を理解し吟味し、適切に実行する力。

むしろ、政治家なんかの思いつきで政策が策定されちゃたまりません。


官僚軽視の「政治主導」はバカバカしい。

せっかく日本中の優秀な人材をかき集めた官僚組織があるんだから、

きちんと活用していただきたいものです。

官僚を飼い殺そうなんてのは、国民に対する背信行為と言われても否定できませんよ。


話が逸れますが、「演者としての能力」で見るなら、

与党を目指して戦う大政党以外の党首も、案外優秀であることが見てとれます。


例えば共○党や○民党。

「野党として食っていく」路線が明確すぎる、何かの間違いで与党になってしまったら

本人たちが泡吹いて倒れそうな政党ですが、「演者としての能力」で見れば優秀。


共○党のほうは笑えてくるほど言ってることがブレませんし、安定感がある。

日本政治の世界観の一端を支える、往年の名脇役的な雰囲気すら感じます。


○民党のほうは「つっこまれ芸」ですね。

ネット上では「釣り」とも呼ばれるような、隙を作ってつっこまれることで、

結果的に注目を集めるという手法。

これが結構難しいんですが、この「釣り」を政治上で安定して繰り出せるというのは、

背景にかなりの蓄積が必要な気がします。


一見バカみたいでも、やはり優秀なんだろうなと思いますよ。


と、「演者としての能力」を褒めてはみましたが、

この人たちは結局、与党になる気はないので、あくまで寿司でいうガリ的なものですね。

リングの上で戦うんじゃなく、野次ってリングを盛り上げる人たち。


こういう人たちは、例え「演者としての能力」が優れていたとしても、

2つ目の「自分が支持したいような政治的立場を取っている人」という点で

そぐわないので、投票する対象にはなってこないのかなと個人的には思います。


彼らの政治的信条がどうこうというよりは、立法や行政の当事者として

本当に担当していく気があるかないかという、行動の姿勢的な部分ですね。


さて、「自分が支持したいような政治的立場を取っている人」に投票すべき、

というのは、一番わかりやすい例で言えば、田中角栄などの「利益誘導型政治」ですね。


田中角栄のやったことは実にわかりやすいですよ。

「俺に投票すればお前らのところに新幹線を通してやる!だから投票しろ!」

素晴らしい。投票することに明確な利益を提示しています。


「私たちは、国民との対話を通じて、暮らしやすい社会を作ってまいります。

 全ての人が幸せになれる社会を目指してまいります。私たちに清き一票を!」


みたいな、結局お前何も言ってないじゃねーかとつっこみたくなることしか

言えない政治家には、ぜひ見習ってほしいものです。


しかし、戦後復興というかさら地からの経済的開発は一通りやりつくした感のある

この現代日本において、選挙を戦う政治家が直接的な経済上の利益の提供を

公約などでぶちあげることには、かなりの無理があるでしょう。


そこで、もうここは「好み」の範疇も含まれますが、

自分が支持する方向性に沿っている対象を選ぶ必要が生じてきます。


例えば、

小さな政府志向なのか大きな政府志向なのか、

高齢者重視なのか将来世代重視なのか、

理想論が多いのか現実路線が強いのか、

そういった大まかな方向性が自分の「こうあるべきだ」という

考えと近いものを選んでいく。


その上で、TPPだとか原発だとか個別具体的な政策の話になっていく、

というのが本来の順序として正しいんじゃないかと思います。


まぁ、政治や経済についてある程度方向性が近い候補者や政党であれば、

個別具体的な大きめの政策についても、自分が思うものとそう離れた方向性は

提示してこないとは思いますが。


むしろ、「あれ?全体的な方向性は評価するけど、なんでこの政策は賛成なの?」

とかいった感想が出てくる場合は要注意です。

日和見主義で政策より政局を重視する、残念なパターンの可能性があります。


「自分が支持したいような政治的立場を取っている人」に投票すべき、

というのは、全ての政治家は一貫した考え方に沿って行動しているという

ある種の性善説に立っているもので、政治家もたくさんいますから、

中には「一貫した政治的立場」より「議員の席」が欲しい人もいるでしょう。


そんな奴は政治家やめちまえ、どっかでバイトでもしてろ



と思いますが、現実問題としているものはしょうがないので、

なるべく見抜き、投票しないように気をつけていくしかありません。


さて、長々と弱冠25歳である俺が政治や選挙に対してどう考えてるかを書いてみましたが、

皆さんは政治や選挙に対してどんな考えがありますか?

とりあえず、若い世代の投票率を上げて若者冷遇な世の中を多少でもマシにするために、

選挙には行きましょうね若者の皆さん。

「仕事にあった人を探す」から「その人にあった仕事を作る」へ

「仕事にあった人を探す」というのが現状ですが、ゆくゆくは

「その人にあった仕事を作る」という方向になってくるんじゃないかと感じています。


まず、現状。

「仕事」がある。


業種、つまり銀行だったり商社だったりメーカーという区分や、

職種、営業とか経理、人事、研究開発などの区分で、

「どんな人がその仕事にあっているか」が大体決まってくる。

また、その会社独特の風土も大きく関係してくる。


そういった、「仕事」が先にあって、

「じゃあどういう人が適しているんだろう」

「適した人はどうやって採用すればいいんだろう」


と考えていくのが現状の雇用というものですよね。


その現状においては、「ある個人がそこで仕事をする」というのは、

原因でなく結果であるわけです。


これは実際、効率的なシステムです。

誰かが事業を回すシステムを構築して、それに適した人を雇って実際に回していく。

特に、大量生産・大量消費の時代には、最高の効率だったでしょう。


しかし、問題点として、

「事業が人を選別し、支配する」
という状況が起こってしまうことが挙げられます。


例えば銀行の事業には、それに適した人物像があって、

その事業を回すために雇われた人たちには、

その人物像に合致する人間になるように有形無形の圧力がかけられます。


仕事というのは、社会に出て働くというのはそういうことだ。

それで効率的に組織を動かせるのであれば、それに従うのが社会のためだ。



そう言って「個人の努力」に問題の解決を委ねてしまうのは簡単です。

実際、大量生産・大量消費が世の中から強く強く求められていた、

バブル崩壊までの日本のような状況であれば、

「皆が、事業が(会社が)求める人物像になるために努力する」

というのが社会的に最も効率的で、またその個人においても

自己実現の達成のために効率的な手段だったんだろうと考えられます。


しかし、右肩上がりの社会が終わったとき。

会社についていってさえいれば、全てが保証される時代が終わったとき。

「事業が人を選別し、支配する」という問題が一気に顕在化します。


いくら働いても明るい未来が見えない。敗戦処理のような仕事ばかり。

いくら会社に尽くしていても、いつ切られるともわからない。


そんな状況下で、落ち目か良くても現状維持の「事業」に、

自分の持つべき人格を規定されて、そうなるよう圧力をかけられることに、

納得できるような人間がどれだけいるか。


正直言って、そう多くないんじゃないかと思います。


「事業」というものは、それに関係すべき人たち全てに、

その人たちのするコミットと同じかそれ以上のリターンを与え続けることが

可能な場合にのみ存続するものです。


つまり、株主は投資した資金と同等かそれ以上の資金を回収でき、

消費者は支払った金額と同等かそれ以上の価値を得ることができ、

労働者は提供した労働力と同等かそれ以上の報酬を受け取ることができるときのみ、

事業は存続していくものだし、そうあるべきなんです。


経済の失速によって、「事業」が労働者に与える金銭的な報酬が下がると、

労働者は以前までよりも少ない労働力しか提供しなくなります。


以前であれば「人格」を「会社に合わせる」という形で売り渡していたものが、

現状においては「そこまでする価値が無い」と判断されているわけです。


では、そういった状況におかれて、今後「事業」はどうなっていくのか。


労働者に十分な金銭的報酬を与えられなくなった事業は、

労働者の人格を支配するだけの影響力を保てなくなっていきます。


そこで起こるのが、「求める人材像とのミスマッチ」

まさに今顕在化している問題です。

この原因は企業のブラック化でも、情報の共有が足りないせいでも、

まして若者の甘えでもありません。


事業が「労働者の人格を支配するほどの影響力」を

持てなくなってきていることが原因にあると考えられます。


恐らく、ブラックな労働環境の企業というものは昔から存在しました。

それが表立って取り沙汰されるのは、そのブラックな環境をガマンするに値しないと

多くの労働者が判断するようになってきているからではないでしょうか。


このように影響力を持てなくなった事業は、早晩縮小し、衰退していくでしょう。


代わりに出てくると考えられるのが、「個人本位で作られた事業」。

つまり、先に働く人の人格や能力があって、それに適した形でデザインされた事業。

「この人がやったから、こういう事業が形作られた」と言えるようなもの。


こういった事業は、金銭的な効率性では

「先に事業があり、後に人がある」タイプの事業には勝てない可能性が高いですが、

労働する側から見れば、「自分に最も適合した仕事」という、

無形の価値を持つものになります。


また、そういった報酬を労働者に与えることが可能な事業であると同時に、

多様な製品・サービスを生む可能性を持ったスタイルでもあります。


「先に事業があり、後に人がある」タイプの事業では、

同じモノやサービスの大量生産や、その品質において大きなアドバンテージがありますが、

「先に人があり、後に事業がある」タイプの事業は、

一個人には把握し切れないほどの多様なモノ・サービスを

市場に提供してくれる可能性があります。


生産も消費も、「大量に同じモノを」というマスの時代から、

個々人に向けた細かな差異やモノ・サービスの持つストーリーを

重視するような潮流に変わってきていることを考えると、

「先に人があり、後に事業がある」タイプの事業が

まさにこれから伸びていくんじゃないかと考えられます。


働く側としても、消費する側としても、

「仕事にあった人を探す」から「その人にあった仕事を作る」へ、

徐々に移行していくのがこれからの流れなんじゃないかな、と思うところです。
プロフィール

しんじ

Author:しんじ
「新氷河期世代」
と呼ばれながら就職活動をした
2010年卒の社会人。

新氷河期世代1期生が社会に出て
感じたこと、考えていることなどをつらつらと。

でも就活状況の悪化が激しすぎて
下の世代のほうが優秀かも。

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へお気軽に。
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